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横浜スカーフの歴史

世界が認める高級シルク
1859(安政6年)年、横浜が開港されて、生糸の輸出が盛んとなり、生糸から絹織物の輸出の流れの中で絹のハンカチーフが生まれました。

明治時代を通して横浜から輸出されたもののうち、約70%を占めるのはシルク(生糸と絹製品)でした。
つまり、外貨獲得に大いに貢献したのです。
それほど、横浜にとって、シルクという製品は大きな意味のあるものでした。

明治10年代から、無地染めからプリントものが輸出され、木版捺染(浮世絵版画と同じ)から輸出増大と共に、型紙の型で刷毛で染める「刷毛染」となり、昭和初期にスクリーン捺染が開発されました。

近年は、外国ブランド品が自国生産となったことやファッションの変化などにより生産は急激に減少してきております。
戦後、更にシルクは隆盛となり、輸出は世界シェアの80%を占め、平成10年頃までは国内も90%を占めていました。


横浜スカーフの未来

世界が認める高級シルク
1985年(昭和60)のプラザ合意後の急激な円高により、わが国の輸出産業は大打撃を受けましたが、輸出依存体質であった横浜スカーフも例外ではありませんでした。

以後、これらの試練を経た横浜スカーフは、輸出体質から脱却して、国内需要の掘り起こしに努力してきましたが、折からの我が国高度成長に支えられた消費ブームでスカーフの人気が高まり、有名ブランドのほとんどが横浜で生産されデパートの店頭を飾るという繁栄をもたらしました。

このように、横浜スカーフ産業は過去いくたびかの好不況の波をのりこえて発展してきました。

その背景には捺染業界を始めとする技術者の絶え間ない研究と努力があり、これが横浜のスカーフ産業を支えてきたと言っても過言ではありません。平成の大不況に入ったこのときも関連業界が一致協力し染料や糊料などの研究、改良がつづけられ、労力の軽減と品質の安定、生産性の向上などを目的に、ハイテク機材を使用した新しい技術製品の開発、経営の合理化がすすめられました。

輸出を主体としてきた横浜の業界は、長い年月にわたり、捺染・型・縫製などそれぞれの分野で責任をもつという分業生産方式によって発展してきましたが、これからは、消費者指向の多様化にみられる現代のめまぐるしい経済情勢への対応には、それなりの産業構造への脱皮が求められています。

近代化の波に沿って生産・流通の仕組みを変革し、消費者の意向を敏感に受けとめ、それらを直ちに反映させた、消費者主体の物づくり、供給体制の確立が急務とされています。
スカーフだけではなく、横浜スカーフの技術を駆使した新たな商品として消費者に求められる物づくりをめざし、関係業界が横のつながりを大切にして新しい”世界に誇れる物づくり”が進められているところです。


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